GIGAスクール構想の推進とSociety 5.0時代の到来に伴い、学校教育におけるICTの利活用が急速に進んでいます。
教員によるICT活用は、児童生徒の情報活用能力を育成する上で非常に有効であり、教育の質の向上に不可欠であるとされています。
しかし、実態調査からは、教員も児童生徒もICTの活用頻度が十分ではないというのが現状です。
本記事では、教員のICT活用指導力の具体的な内容、指導力の向上に向けた効果的な研修や支援策、そして実際の授業実践例について詳しく解説します。
教員のICT活用指導力が求められる理由
文部科学省は、Society 5.0時代を生き抜く人材育成のため「GIGAスクール構想」を提唱し、全国で一人一台のタブレット端末が配布されるなど、ICT環境の整備が急速に進みました。
この構想のもと、教員にはハードウェアの整備だけでなく、それを活用した教育実践、すなわち、より充実したICTの利活用とその指導力が求められています。
児童生徒の「情報活用能力」育成のため
児童生徒の情報活用能力を育成するためには、「教員によるICT活用」と「児童生徒によるICT活用」が両輪となって進められることが有効です。
教員がICTを効果的に使う姿を見せることで、子どもたちはその利便性や可能性を学びます。
単にICTを活用するだけでなく、情報活用能力を育成するという明確な目的意識を持ってICTを活用するには、教員自身がICT活用について研修し、指導力を高めることが必要不可欠であるとされています。
ICT活用頻度が十分ではないため
ICT環境は整備されたものの、実態調査では、教員も児童生徒もICTの活用頻度が十分ではないことが示されており、週1回以上のICT活用は約4割にとどまる状況です。
また、文部科学省のチェックリストに基づく調査でも、教員のICT活用指導力が十分とは言えない状況が見られます。
特に、授業のどの場面でICTを活用すると学習効果が高まるのかを具体的に把握できていない教員もいることが、大きな課題として挙げられています。

「教員のICT活用指導力」とは?
教員のICT活用指導力とは、単に機器を操作できる能力だけを指すのではありません。
児童生徒の主体的・対話的で深い学びを実現するために、ICTを積極的に用い、授業等の場面で効果的に活用し、また児童生徒の有効活用を促すようコーディネートする総合的な能力のことです。
文部科学省「教員のICT活用指導力の基準(チェックリスト)」の概要
文部科学省は平成19年2月に、教員のICT活用指導力について、A~Eの五つの大項目と、18のチェック項目から構成された「教員のICT活用指導力の基準(チェックリスト)」を策定・公表しました。
このチェックリストは、教員が自身の指導力を客観的に把握し、向上させるための指標となるものです。小学校の学級担任制と中学校・高等学校の教科担任制の違いを考慮して、「小学校版」と「中学校・高等学校版」の2種類が作成されています。
A:教材研究・指導の準備・評価などにICTを活用する能力
授業の準備段階や授業終了後の評価段階で教員がICTを活用する能力です。
これには、インターネットでの情報収集、教材作成ソフトの活用、さらには授業でICTをどのように活かすかという授業デザインのイメージを持つ能力が含まれます。
B:授業中にICTを活用して指導する能力
授業中に教員が資料提示や課題提示、児童生徒の知識定着や技能習熟のためにICTを活用する能力です。
デジタル教科書や実物投影機、プレゼンテーションソフトなどを用いて、児童生徒の興味・関心を高めたり、複雑な事象を視覚的に分かりやすく提示したりすることで、課題を明確に把握させる「わかる授業」の実現に重要な能力です。
C:児童生徒のICT活用を指導する能力
児童生徒がICTを学習ツールとして主体的に使いこなし、自ら情報を収集・選択・理解し、考えをまとめて創造・表現・伝達できるように、教員が指導・支援する能力です。
子どもたちがレポート作成やプレゼンテーション、協働学習などでICTを効果的に使えるように導く力が求められます。
D:情報モラルなどを指導する能力
携帯電話やインターネットが普及する中で、児童生徒が情報社会で適正に行動するための基盤となる考え方と態度を育成する能力です。
個人情報の保護、著作権の尊重、ネットいじめの防止、フェイクニュースの見極め方など、全ての教員が情報モラルなどを指導する能力を持つべきという観点から位置づけられています。
E:校務にICTを活用する能力
成績処理、出欠管理、保健関係のデータ管理といった校務を効率的かつ確実に遂行するためにICTを活用する能力です。
また、保護者への連絡や地域との連携を図るために、Webサイトやメール、SNSなどを活用するコミュニケーション能力も含まれます。
参考:現場観察から得た教員養成課程におけるICT 教育活用指導力養成の一考察
東峰小学校の「TOHOチェックリスト」
福岡県の東峰小学校では、文部科学省のチェックリストを基に、教職員の実態を踏まえて独自の「TOHOチェックリスト」を作成し、特に以下の3つの資質・能力に重点を置いています。これは、国の基準を学校の実情に合わせて具体化した良い事例です。
- 活用基礎力:ICT機器の基本操作と知識
授業でICTを有効活用するための基盤となる知識・技能です。これには、パソコンやタブレットの基本操作、各種ソフトウェアやアプリケーションの機能理解、インターネットでの情報収集・記録・整理・作成・発信などが含まれます。 - 情報モラル指導力:安全な情報利用のルール・マナー指導
インターネットやSNS等を安全に利用できるよう、情報モラルに関する知識や態度を身につけさせる力です。児童生徒が情報社会の危険性を理解し、責任ある行動がとれるように指導する能力が求められます。 - 授業実践力:学習効果を高めるICTの活用と授業デザイン
児童生徒の学習意欲を高め、理解を深めるために、ICTの機能を効果的に利活用する力です。具体的な授業計画の立案や、学習目標に応じて最適なソフトウェア・アプリケーションを駆使した活用方法をデザインする能力が含まれます。
教員のICT活用指導力を向上させるための具体的な取り組み
教員のICT活用指導力向上には、一度きりの研修ではなく、継続的かつ組織的なアプローチが不可欠です。
ここでは、校内研修の充実、外部人材との連携、そして管理職のリーダーシップという3つの観点から具体的な取り組みを解説します。
校内研修
教員のICT活用指導力向上のためには、日常的に実践できる校内研修が必要不可欠です。文部科学省のICT活用指導力チェックリストなどを積極的に活用し、学校全体で計画的に実施する必要があります。
- チェックリストを用いた目標設定と自己評価
研修を実施する際は、チェックリストのどの項目に関わる研修であるかを明確にすることが重要です。これにより、教員は研修の目的を理解しやすくなります。また、研修後には再度チェックリストを用いて自己評価を行うことで、研修の成果を可視化し、自身の成長を実感するとともに、次なる課題を発見することができます。定期的な自己評価は、振り返りや改善の視点を持つことにつながります。 - 研修計画のPDCAサイクル
ICT推進リーダーが中心となり、チェックリストを核として、P(Plan: 実態把握・目標設定)、D(Do: 実践)、C(Check: 評価・検討)、A(Action: 改善)のサイクルに沿って教職員のICT活用指導力を高めていく支援を行うことが重要です。学校全体で目標を共有し、組織的に取り組むことで、研修の効果は最大化されます。
実態に合わせた研修を実施する
校内研修は、教員のICT活用指導力の実態を把握し、一人ひとりのスキルやニーズに合わせた内容や方法を計画的に実施することが求められます。
- 実技研修:「使ってみる」段階で操作スキルを習得
まずは、学校にあるICT機器を実際に触ってみることから始めます。接続や電源投入の仕方といった基本的な操作から研修することで、苦手意識を払拭します。
- 簡単なマニュアル作成と共有: 機器と一緒に保管できるような写真付きの簡単なマニュアルを作成・共有すると、いざという時に役立ち、活用の頻度を上げることができます。
- 少人数グループやローテーションの導入: 職員数の多い学校では、数人のグループを組み、ローテーションで研修を行うと効果的です。特に技能面の研修では、参加者自身が操作する十分な時間を確保することが重要です。
- 理論研修:「活用のポイントを知る」段階で実践事例を共有
日頃からICTを積極的に活用している教員が中心となって、実際の授業で行った活用事例を紹介し、皆で共有する研修を計画します。成功事例だけでなく、失敗談や改善点も共有することで、より実践的な学びにつながります。 - 模擬授業:教師が児童生徒役となり、効果と課題を実感
教師が児童生徒役を務める模擬授業は、ICT活用の効果や問題点を体験的に理解する上で非常に効果的です。1単位時間の全てを行うのではなく、ICTを活用する特定の場面に限定して部分的に実施することも考えられます。模擬授業後にはワークショップ型の授業検討会を実施し、課題の焦点化と具体的な改善策の検討を進めることが推奨されます。 - 実際の授業参観とビデオ検討会:ICT活用の視点で多角的に評価
研究授業などでICTを活用する場面がある場合、学習指導案に「情報教育の視点」や「ICT活用により期待される効果」等を記載する欄を設けると、授業者も参観者も目的意識を明確にできます。また、授業をビデオで撮影し、本来の授業検討会とは別に、後日、児童生徒の情報活用能力育成やICT活用の視点に焦点を当てて視聴し、検討会を行うと、より効率的で深まりのある検討が可能です。
外部人材と連携し活用する
教員の多忙化が進む中、校内の力だけでICT活用を推進するには限界があります。専門的なスキルを持った外部人材との連携は、教員の負担を軽減し、活用の質を高める上で不可欠です。
ICT支援員は、授業や研修、校務において、教員と相談したり依頼を受けたりしながらICT活用の支援を行う専門スタッフです。
その主な機能は「授業におけるICT支援」であり、具体的な業務には以下のようなものがあります。
- 授業で使うICT機器・ソフトウェアの設定や操作説明
- 効果的なアプリやデジタル教材の紹介
- 情報モラルに関する助言や資料提供
- 教員が行うデジタル教材作成の支援
- 機器の簡単なメンテナンスやトラブルシューティング
国の制度として、ICT教育の知見がある専門家が教育委員会などにアドバイスを行う「ICT活用教育アドバイザー」や、GIGA端末導入初期に学校に配置される「GIGAスクールサポーター」といった制度もあります。これらの専門家を積極的に活用することで、学校や地域の実情に応じた支援を受けることができます。
教育委員会や学校は、ICT支援員として民間企業やNPO法人と契約を結んだり、地域のボランティアを受け入れたりすることも有効です。また、近隣の大学と連携し、教員養成課程の学生が実習の一環としてICT活用支援に参加するといった取り組みも考えられます。
組織的な推進体制を構築する
学校全体でICT活用を推進するには、一部の教員の熱意だけに頼るのではなく、組織として取り組む体制づくりが不可欠であり、そこでは管理職のリーダーシップが決定的な役割を果たします。
ポイントは以下の2点です。
- 校長は学校CIOとしての役割
- ICT推進リーダーによる組織・個への働きかけ
校長は「学校CIO(Chief Information Officer:最高情報責任者)」として、自校の教育の情報化を推進する最終責任者です。
ICT活用の方針を明確に示し、予算確保や研修計画の承認、外部との連携など、学校全体を統括し、その取り組みを確実にマネジメントし実行する責任と権限を持ちます。
ICT推進リーダー(情報教育主任など)は、校長の方針を受け、ICT推進部や校内研修部といった各組織に対して具体的なマネジメントや指導・助言を行います。
また、教職員一人ひとりのスキルやニーズに応じたミニ研修を企画したり、授業サポートに入ったりするなど、個々の教員に直接的に働きかけ、指導・助言することも重要な役割です。
ICTを活用した授業実践のポイントと事例
ICTは魔法の杖ではありません。その活用自体が目的化してしまっては、かえって授業の質を低下させることにもなりかねません。
ここでは、ICTを授業で効果的に活用するための基本的な考え方と、具体的な実践事例を紹介します。
ICTは「道具」である
タブレット端末も、鉛筆やノート、コンパスや分度器と同じ「文房具」の一つです。
使い方次第で非常に便利なものにも、使い方を誤れば危険なものにもなり得ます。
その負の側面だけを見て活用させないのは、これからの時代を生きる子どもたちの可能性の芽を摘むことになりかねません。
大切なのは、ICTをあくまで学習目標を達成するための「道具」として捉え、これからの時代を生きる子どもたちが自ら考え、判断し、行動に移せるように手助けすることです。
授業のあらゆる場面で活用する
ICTは、授業の導入、展開、まとめといったあらゆる場面で、それぞれの目的に応じて効果的に活用できます。
ポイントは以下の3つです。
- 導入で興味・関心を高める
- 展開で課題把握・思考・理解を深める
- まとめで振り返り・自己評価を実施し知識を定着させる
導入では学習内容に関連する具体的な画像や迫力のある動画を見せることで、児童生徒の興味・関心を一気に引きつけ、学習への意欲を高めることができます。
例えば、理科の授業の冒頭で火山の噴火映像を見せる、社会科で海外の街並みをストリートビューで示すといった活用が考えられます。
展開では単元の課題を映像教材で分かりやすく提示したり、複数のWebページを閲覧させて多角的な情報から疑問を持たせたりすることで、主体的な課題把握を促します。
また、実物投影機やビデオカメラで児童生徒の手元の動きや小さな観察対象を拡大提示することで、クラス全体で共通理解を深め、思考を促進します。
まとめではフラッシュ型教材や自作ドリル、学習アプリなどを活用して繰り返し学習することで、基礎的・基本的な知識の定着を効率的に図ることができます。
また、児童生徒の学習活動(発表、実験、体育実技など)を映像や音声で記録し、振り返りの場面で活用することで、自身の成長や課題を客観的に捉えさせ、次の活動への意欲を高め、明確な課題設定につなげることができます。
研修成果を最大化するための方法
ICT活用指導力の向上は、一度研修を受ければ終わりというものではありません。
技術の進歩や子どもたちの実態の変化に対応し続けるためには、研修後の評価と継続的な改善のサイクルを回していくことが不可欠です。
ICT活用指導力チェックリストによる定期的な自己評価を実施する
文部科学省のICT活用指導力チェックリストは、年度初めの目標設定時だけでなく、定期的に(例えば学期ごとなど、年1回よりも頻繁に)実施することが効果的です。
これにより、教員自身が自身の成長と課題を継続的に把握し、改善の視点を持つことができます。
近年では、Webサイト上で手軽に自己評価ができるツールも提供されており、それらを活用して自身の達成目標に向けた自己研鑽を計画的に進めることが重要です。
模擬授業や研究授業を通じた相互評価・講師評価をフィードバックする
研修中に実施される講師からの専門的な評価や、模擬授業などでの同僚からの相互評価も、客観的に自分を見つめ直すための貴重な判断材料となります。
自分では気づかなかった強みや課題を指摘してもらうことで、新たな指導法の習得や授業改善のヒントを得ることが期待されます。
成果物の記録・共有と振り返りを実施する
研修で作成した教材や、ICTを活用した授業の学習指導案、児童生徒の作品といった成果物を電子データでサーバーなどに保存・整理し、教員間でいつでも閲覧・活用できるように共有できる環境を整えることも大切です。
これにより、優れた実践が学校全体の財産となり、他の教員が教材を作成する労力を削減できるだけでなく、授業内容のさらなる向上につなげることができます。
個々の教員ニーズに合わせた研修を実施する
教員と一口に言っても、そのICTスキルや経験には大きな差があり、年代によっても課題の内容が異なることが分かっています。
調査によれば、若年の教員はICTの具体的な操作スキルよりも「どのような場面で活用すれば効果的か」という授業デザインに課題を感じ、ベテラン教員は逆に授業デザインのイメージはあっても「具体的な機器の操作」に不安を感じる傾向があります。
したがって、全職員一律の研修だけでなく、個々のニーズに応じたミニ研修や、ICT推進リーダーによる個別の授業サポートなどを組み合わせ、研修内容を柔軟にカスタマイズしていくことが重要です。
まとめ
本記事では、GIGAスクール構想の進展に伴い教員に求められるICT活用指導力の重要性、その具体的な内容、そして向上に向けた様々な取り組みについて解説しました。ICTは、児童生徒の学習意欲や理解を深め、情報活用能力を育成するための強力なツールです。その活用は授業内にとどまらず、職員会議のペーパーレス化による時間創出や、学校行事のオンライン配信による保護者・地域との連携強化など、学校全体のICT活用スキルアップにもつながります。これは、教員の働き方改革や、より開かれた学校づくりを促進する大きな可能性も秘めています。
教員のICT活用指導力向上は、単なる操作スキルの習得にとどまりません。それは、ICTを教育目標達成のための「道具」として、いかに効果的に授業デザインに組み込むかという、より高度な「授業デザイン能力」の向上を意味します。管理職の強いリーダーシップの下、校内研修を計画的に実施し、ICT支援員などの外部人材と効果的に連携しながら、教職員一人ひとりのニーズに寄り添った継続的な支援体制を構築することが不可欠です。
私たち教員が主体的にICT活用指導力の向上に取り組み、その成果を日々の授業で実践していくこと。それこそが、子どもたちが自ら考え、課題を解決し、創造的に表現する力を育むことにつながります。そして、変化の激しい未来を生き抜く力を育む教育の実現に向けた、最も確実な一歩となるでしょう。